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【読書】津村記久子『君は永遠にそいつらより若い』感想

 

 

君を侵害する連中は年をとって弱っていくが、君は永遠にそいつらより若い。  ――P235

 

 

 

 こんにちは、やすみです。

 なかなかショッキングな内容でありながら、淡々とした文章、前半部分のゆるゆるな日常で独特な空気感を醸し出す作品『君は永遠にそいつらより若い』

 間延びするかと思いきや、ぐいぐいと腕を引っ張られるかのように読み進めてしまいました。

 

 今回はこの作品の感想を書き留めておこうと思います。

 若干ネタバレなどありますので、未読の方はお気を付けください。

 

 

 

 

 

あらすじ

 

 大学卒業を間近に控え、就職も決まり、単位もばっちり。ある意味、手持ぶさたな日々を送る主人公ホリガイは、身長175センチ、22歳、処女。バイトと学校と下宿を行き来し、友人とぐだぐだした日常をすごしている。そして、ふとした表紙に、そんな日常の裏に潜む「暴力」と「哀しみ」が顔を見せる……。第21回太宰治賞受賞作にして、芥川賞作家の鮮烈なデビュー作。

 ※文庫裏より

 

 この作品の流れは、現在→過去→現在となっています。

 ホリガイが雨の中で傘もささずにボールペンで地面を掘る圧迫感ある現在から始まり、ゆるーい日常を送っていた過去(といっても一年ほど前)からまた現在へ向かって物語が進んでいくのです。

 

 物語の大部分を占めるゆるーい日常ですが、これがまた癖になるゆるさです。

 一般的に、登場人物のなんでもない日常を長々と読ませられるのは苦痛になりがちなものですが、この作品はそうではありません。

 なんとも表現しづらいおもしろさがあるのですが、一つ確実なのは主人公ホリガイの思想が興味深いものだからでしょう。

 

 しかし、このホリガイの日常も、後半に進むにつれ暴力的な物悲しさが顔を出してきます。

 河北とアスミを繋ぐリストカット、穂峰の死にまつわる真実、イノギの過去……。

 くすりと笑えた日常は、気づけば暴力と哀しみとやるせなさに満ちていきます。

 

 

 

強い力を持つ言葉

 タイトルにもなっている冒頭で引用した一文は、作中ラストに出てきます。

 この一文を筆頭に、難しい言葉を使っているわけでも難しいことを言っているわけでもないのに、強い力を持った文章が作中には数多く登場します。

 

 例えば、

 

 もし手首を切っているのならば、そんな抵抗をする意思が彼に存在することがせめてもの救いであるというようにわたしは思った。 ――P128

 

 語るための痛みじゃないか、それも他人の。 ――P68

 

 けどその中でも、特にあなたがいちばん気になるんだと、これからもずっと気になるし、あなたがわたしのことをすっかり諦めて忘れてしまっても、わたしはあなたのことを気にしているんだろうということを、どうやってイノギさんに伝えようかと思った。 ――P236

 

 と、主にこの三つがすごく心に残りました。

 特別なことは言っていないのに、どうも世の中の真理を突いているような気がしてなりません。

 言葉の芯の部分がとても冷たくて、けれどさらに奥の方には柔らかな温かい優しさが隠されている。そんな文章で紡がれたこの物語は、弱者に力を与えてくれます。それは強者に立ち向かう力ではなく、弱いままでも生きていくための力です。

 

 

 

主人公ホリガイの輝いていない魅力

 ホリガイは、ぶっちゃけ輝いてはいません。

 卑屈だし、ひねくれているし、下ネタだって言うし、部屋は汚いし、無気力だし、あらゆる女子力をドブに捨ててきたかのような女です。

 けれど、だからこそ、彼女が持つ度を超えた優しさが引き立つのでしょう。

 

 ゆるさの塊のようなホリガイですが、とても感性が豊かで、感化されやすい人間です。

 そして彼女自身、決して強くはないのに、目の前で苦しむ弱者を見捨てることはありません。

 ここでポイントなのが、ホリガイは毎回迷いながらも結局は手を差し伸べようとしてしまう、というところです。

 ホリガイは決して正義のヒーローではありません。自分でもなぜ危険を冒してまで助けようとするのか理解できないときもあります。

 それでも、助けたいと思ってしまう。そこが彼女の魅力なのです。

 

 ホリガイの迷いや苦しみは、無気力さによってマイルドにされていますが、これらは最も性質の悪いタイプの苦悩だと私は思っています。

 激しい苦悩ではないんですよね、こういうのは。激しさがないから、誰でも理解できるのに、誰にも深刻に捉えてもらえない。

 でもそういうものを抱えてなお、ホリガイは生きていきます。山も谷もあるけれど、平坦な日常を。

 

 

おわりに

 津村記久子作品を読むのはこれが初めてだったのですが、かなり好みの文体です。

 私、日々を淡々に生きる女性の話がすごく好きで、でもなかなかそういう話を見つけるのが難しくて、この作品に出会えて本当に感動しました。

 激しく胸を打つものではないけれど、じわじわと、悲しいけど、優しい気持ちになれる小説でした。

 作者の他作品も読んでみたい、と強く思える作品です。

 タイトルや最初の一文で尻込みしてしまう方もいるかもしれませんが、ぜひ諦めず最後まで読むことをオススメします!

 

 

 

 

やすみ